sepia

2017/11/01

先週の話だ。
自分にとってはとても大事な作業を「無駄なこと」と一蹴されたことに対して、わたしは猛烈に腹を立てた。それと同時に悔しかった。すきなひとは頭の回転が速くてとても仕事ができるひとだということも、無駄なことが大嫌いでとにかく効率性を望むひとだということも知っているけど、わたしは彼が求めるほど頭が良くないし、どちらかと言えばスピーディーに仕事をこなすよりもこつこつとていねいに積み上げたいタイプ。もちろん、仕事のやり方は業務の内容や締め切りに応じて臨機応変に対応しているつもりだけど、自分のためにやっていることを彼に「無駄なこと」と言い切られたのは心外だった。許せなかった。
今年度から初めて担う業務、彼から資料の作成を依頼された。締め切りを翌日だと言われた。頭の悪いわたしは「なぜ」「どうして」がわからないと具体的な作業にすら手をつけられなかった。疑問ばかりが頭をぐるぐる駆け回って、結局ほとんど理解できないまま“やらなきゃいけない”ことだけをやって締め切りまでに資料を作り終えた。「締め切りに間に合えばそれでいい」「理由や根拠は後から学べばいい」と彼は言うけど、そういう問題じゃない。結局、作業に慣れないわたしは“やらなくてもいい”部分の資料まで作っていたらしく、それがとても“悪いこと”のように言われてもっと腹が立った。

「前任者からの引き継ぎが適当だった」「マニュアルに書いてある文章が難しすぎる」「そんなこと誰も教えてくれなかった」「理解するための時間すらなかった」
言い訳を並べて、それらすべてを自分じゃない誰かのせいにするのは簡単なことだ。今回のことで身を以て知った。無駄な資料作成を“悪いこと”のように言われて腹が立ったのも、心のどこかに「自分のせいじゃない」という気持ちがあったからかもしれない。このあたりは自分でもしっかりと反省すべきところだ。
とは言え、「次に同じ依頼が来たときのために」と思い資料作成に至るまでの作業の流れをメモ程度に書き留めていたことさえ「無駄なこと」だと言われてしまったら、物覚えの悪いわたしにはもう為す術はない。たった一度、あやふやな知識と乏しい理解を根拠に完成させた資料の作り方をすべて覚えていられるほど、わたしはデキのいい人間ではないからだ。もちろん、彼が求める効率性は、組織の一員として仕事をしてゆく上でとても大切なことだと思う。だけど、締め切りに間に合うように正しいものを仕上げるためには、それに至る過程で考えたり悩んだりする時間だって多少は必要ではないのだろうか。わたしが作った作業のメモは、次回同じ作業をするときの効率UPの一助にはならないのだろうか。

というようなことを考えながら一週間が終わった。
しばらく彼に会いたくない、と思って、朝の通勤時間をずらしたり、お昼にお弁当を持っていくようにしたり、残業せず彼よりも早く帰ったりしていた。(「無駄なこと」はやっていないという無言の主張のつもり。)彼に話しかけられても彼の顔を見るのが怖かった。また「無駄なこと」と言われるのではないかとびくびくしていた。仕事の上でのことだからしょうがないとわかってはいるけど、彼にそう言い切られたことで結構傷ついちゃったんだな、と思った。なんと弱い心だろうか…情けない。

5月に軍艦島に行く、という約束がすこしずつ現実味を帯びてきて、木曜日の勤務時間中に彼が会社のパソコンでメールをくれた。日帰りのバスツアーにするか、電車とクルーズを別々に予約するか、どっちにしようか?という話だった。仕事上の「無駄なこと」を最大限省いて空いた時間はこういうことに使えるんだな、と、とても穿った見方をした。わたしは届いたメールに返事もせず、定時のチャイムが鳴ると同時に家に帰った。返事をする気にもならなかった。一晩眠って「さすがにまずいかな」と思い直し、翌朝、始業時間前にメールを返しておいた。夕方、彼はまた返事をくれたけど、面倒になって結局放置したまま帰宅してしまった。
彼は「軍艦島に行きたいって言い出したのは俺だから、今度はちゃんと調べておくよ」なんて言っていたっけ。結局、週末も連休も埼玉に帰っちゃうんだから、そうこうしているうちにすぐに約束の日が来てしまいそうだ。「忙しそうだからわたしが予約しておくよ」のひと言で済む話なのに、意地っ張りなわたしはそれすら言い出せずにいる。

予報よりも早く降り出した大粒の雨が、芽吹いたばかりの若葉に容赦なく降り注ぐ。ぐちゃぐちゃに絡まった糸をていねいにほどくような、今日はそんな日曜日にしたい。